ママは完璧じゃなくていい。不完全な私が選んだ楽になる生き方

ママは完璧じゃなくていい

「ママなんだからしっかりしなきゃ」
「母親なんだからこうするべき」

そんな言葉を勝手に想像し、ずっと自分を追い込んできた気がします。

私は、義足の母です。
足が1本ないことで、できないこともたくさんありました。
子どもに我慢をさせてしまったこともあるし、「普通の母親」になれなかったことを責めて泣いた夜もあります。

でも、あの頃の私に伝えたい。
「完璧じゃなくていい。むしろ、この体だから伝えられることがある」って。

目次

できないことに苦しんだ日々

14年前、娘が生まれた頃。


お風呂に入れるのが不安で、実家へ移り住みました。できないことは家族に手伝ってもらう日々が始まります。


足元が不安定な状態で小さな赤ちゃんを抱くことの怖さ、誰かに頼らないと何もできない自分が情けなくて、何度も泣きました。

保育園の運動会では、ステップが上手に踏めない私い代わり、おばあちゃんが親子ダンスに出てくれました。
ありがたい反面、「本当は私が出たかった」と胸が痛くて、今もずっと後悔しています。

「私の足があったら」
「この子に普通の思い出をあげられたのに」

「普通のお母さんになりたい」

そんなふうに、できないことばかりを数えていた時期がありました。

私が1歳の子を保育園に入れた理由

娘は1歳半で保育園に入りました。まだ早いのではないかと、周りに言われましたが、私が1番感じていました。

入園をまだ考えていない頃、二人でいろんな場所へ出かけました。

ある日公園で遊んでいる時、娘が道路へ飛び出ようとしたことがありました。走ることができない私は何度も娘の名前を叫びます。

運よく車はこなかったものの、娘の命が危険にさらされる恐怖を感じた私は、何かをあきらめたように体の力が抜けてしまいました。すでに実家に移り住み、家族を頼っている私が、娘のためにも他の人の手も借りようと保育園入園を決めた瞬間でした。

娘を預ける時間に、何か始めようと障害者向けの職業訓練校に通うことを決め、ウェブデザインを学びます。

とにかく娘が少しでも誇れる母でいたいと、学び直しを始めました。

耳の聞こえないママ友との出会い

保育園では娘と同じクラスのお友達の中に、耳が聞こえないお母さんがいました。

障害者の職業訓練校で少しの手話を覚えた私と、そのお母さんは自然と仲良くなりました。

ある日、彼女の家に遊びにいくと、玄関のパトランプが点灯していました。聴覚に障害のある方が緊急事態であることを外に知らせるランプです。何事かと思い家の中に入ると、誤作動によるものでした。

なかなか作動を止められずに子どもたちと慌てる彼女の姿を見て、思いました。

子育てに悩んでいるのはきっと私だけではない。障害があってもなくても、きっと誰もが完璧にできないことを抱えていることに気づきます。ほとんどの母親が感じたことのある自分の無力さ。誰かに助けてもらうことは、どの母親も経験することなのだと。

日々、葛藤しているのは私だけではないことに救われた気がしました。

そのママ友は本当に明るくて、私の光になるような本当に素敵な人です。耳が聞こえなくても他の人とコミュニケーションが難しくても積極的に話しかける。そんな姿を見て自分が恥ずかしくなりました。

聞こえないことや、わからないことがあったら誰かに聞く。誰かを頼ることは子どものために必要不可欠で、悪いことではない。いつでも明るく元気な彼女ですが、笑顔を作ることで上手にコミュニケーションをとっていたのだと思います。

私に足りていなかったとても大切なことを教えてくれたママ友です。

人を頼ることは悪ではない

「母親だから責任がある」「どんな時でも自分で頑張る」
そう思い込んでいた私。

でも、それって本当に“愛”なのかな。

無理して全部を抱え込んで、笑えなくなって、疲れきってしまったら。
子どもはそんな母親の姿をどう思うのか。

今の私は、こう思っています。
「ママは無理しないよ」「ママも人に頼るよ」

自分の限界を見せることは、弱さじゃない。
むしろ、「人って完璧じゃなくていいんだ」ってことを、子どもに伝えられるっていい事でもあると思うんです。

娘が少し他の子より大人になる速度が早かったのは、私を支えようと小さな体で頑張っていたからかもしれません。

完璧じゃない私が、娘に伝えたかったこと

義足である私が母になったことで、
「理想の母親」にはなれなかったかもしれません。

でも、それでもいいと思っています。

  • 頼ることの大切さ
  • 弱さを認めること
  • 人と違っても、幸せになれること
  • 自分が人生をつくっていくこと

言葉じゃなく私が背中で見せてきたつもりです。

娘が思春期になった今、反抗期ではなく人生を語り合う心強いパートナーでいてくれるという事実が、母親として少しだけ自分を誇れる気がしています。

私の弱い部分もたくさん知っている14歳の娘。可愛く甘えることもあれば、私を支える心強い存在でもあります。

「不完全な母」でも、ちゃんと愛は伝わっていた

娘は一度も私を責めたことがありません。
むしろ、私のことをよく見て、よく手伝ってくれました。
いつの間にか「どうやったらママがやりやすいかな?」って考えてくれるようになっていて。

切断された足のことも、幼い頃から気にしていなかった。

私はいつ娘が私の体に気づき、嫌な思いをするか怯えながら生きていました。

でも、
「足ちゃん、おはよう」って、まるでぬいぐるみみたいに私の足に話しかけてたあの頃の娘。
私が隠したかった部分を、当たり前のものとして受け入れてくれていたんです。

母の日や私の誕生日には、「ママだいすき」と書かれた手紙。

私は、他のお母さんに比べたら「足りない」母親だったかもしれない。
でも、それ以上に、たくさんのことをこの子に伝えられていたのかもしれません。

障害を持った人が当たり前にそばにいることで、娘は偏見を持たないし多様性の社会が当たり前であるべきだと考えています。それは私が常に伝えてきた「みんな違うのが当たり前」ということを、娘なりに理解しているのだと、今は胸を張って言えます。

自分の限界を知らせるのも愛情

私は、片足がない母親です。
他のお母さんのようにできないこともあるし、体力も限られてるし、疲れも出やすい。

でも、私たちは一緒に、ここまで歩いてきました。
悩んで、泣いて、笑って、少しずつ少しずつ前に進み続けました。

不完全だったからこそ、一緒に「どうしようか」と考えることができた。
その二人で悩む道のりこそが、親子の信頼関係をつくってきた気がします。

今、悩んでいるお母さんへ

もし今、


「こんな自分じゃダメだ」と思っているお母さんがいたら、
「もっとちゃんとしなきゃ」と自分を追い込んでいるなら、
どうかこの言葉を受け取ってください。

ママは完璧じゃなくていい。
できないことがあるからこそ、伝えられることがある。

あなたが今、子どもと一緒に悩みながら歩いているその姿こそが、
何よりもかけがえのない愛の形だと、私は思います。

弱みやつらさは子どもに見せてもいいと思っています。無理して強がる母を見て喜ぶ子どもはいないし、人という生き物は、大人も子どもも頼られたいって思っています。

大切なママが自分を頼ってくれた。

きっと全力で守ろうとしてくれるはずです。自分の弱い部分もどうか受け入れてあげてください。

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