大切な人ががんになったときに、患者だった私が伝えたいこと

大切な人ががんになったときに、患者だった私が伝えたいこと

私は骨肉腫という骨のがんになり、義足になりました。

つらい抗がん剤治療も切断手術も経験しました。まだ20歳でした。


手術室に向かうとき、ベッドに寝かされた私を見送りながら、兄が泣いていた姿を今も覚えています。まだ学生だった妹は、私の看病で家にほとんどいない母と、話をする時間もなかったと思います。


私だけではなく、家族みんなが苦しんでいた。それがわかっていても、母が看病に来てくれることが嬉しかった。手術後に眠りから目覚めた瞬間は、母の顔を見て心から安心できた。家族の存在は本当に患者を支えます。

患者として闘病を経験したからこそ、家族の気持ちの揺れや葛藤が少しわかります。家族に私の闘病中はどんな思いだったかを聞き、患者としての思いを私なりにまとめました。


この記事では、「家族としてどう支えればいいのか」

その葛藤で悩む人の心が、少しでも軽くなるように伝えます。

目次

最初に知ってほしいこと

混乱するのは当たり前

「がんです」と告げられた瞬間、頭が真っ白になり、医師の言葉が遠くの音のように聞こえる。
患者だけでなく、家族も同じですよね。
「どうして?」「これからどうなるの?」と混乱するのは、自然な反応です。

無理に強くならなくていい

家族は「患者の前では泣いちゃいけない」「弱音を吐いてはいけない」と思いがちです。

でも、泣いているのが患者である自分だけだったら?きっと孤独でしょう。
私は手術前に家族と一緒に泣いたことで、心が軽くなりました。

私のため泣いてくれている

無理な笑顔よりも、ただそばで一緒に涙を流すことが、大きな支えになることもあるのです。

家族が抱きやすい葛藤

自分を責める必要はない

「もっと早く気づけば…」「自分が悪いのかも」と思う家族は多いです。でも、患者の病気は誰のせいでもありません。

私の母も「ごめんね」と言ってくれましたが、私が本当に欲しかったのは謝罪ではなく、「どんなときも一緒にいるよ」という安心感でした。

私の病気は自分が発症したものなので、責めるとすれば自分でした。ただ、家族を責める患者がいるとすれば、八つ当たり以外の何者でもないと理解しましょう。病気はあなたのせいじゃない。

食生活が…とかいろんな意見もあるかもしれないですが、責めないでください。例えそれが、母親だとしても。

普通の毎日の尊さを感じる

治療が始まると、「一緒にご飯を食べる」「テレビを見て笑う」「ちょっと散歩に出かける」

そんな小さな日常がとても貴重だと気付けます。それに気付けたあなたは、これからの人生の使い方を変えなければいけません。

命は永遠ではないこと。いついなくなるかわからないこと。それを知ることができたなら、生き方が少し変わるはずです。


義足になった私は、「痛みなく歩けること」「普通にご飯が味わえること」のありがたさを心から実感しました。
きっと、私の家族も同じ思いをしたはずです。

家族との関係の変化

がんをきっかけに、家族との関係は変わります。時には衝突が増えるかもしれません。患者は理不尽に怒るし、泣くこともあります。1番近くにいるのが家族だから。

でも、それは甘えられる存在だからこそ。
私は義足になってから、家族と本音で話すことが増え、関係が深まったと感じています。

もし今、大切な家族が別人のように見えてしまっても、それは患者の心にまで「がん」が侵食しているせいです。まともに受けてはいけません。普段なら言わないようなことを言ってしまうのは病気のせいなので、家族がすべてを受け止めると患者自身も苦しくなってしまいます。

支えるために大切なこと

あくまで闘病できるのは患者本人

治療や痛みと向き合うのは患者自身です。家族は代わってあげることはできません。
だからこそ、「全部自分が背負わなきゃ」と思わなくて大丈夫です。

頑張ってと応援されるのも違う。「苦しい気持ち、わかるよ」と言われるのも違う。

ただ、絶対に離れないでそばにいるという安心感が欲しいだけです。

境界線を引くことは冷たいことじゃない

家族には家族の生活があります。
「今日は自分の予定を優先する」「一人の時間を取る」

これは冷たいのではなく、健全な境界線です。
境界線を持つことは、むしろ患者にもいい影響を与えます。

お互いに依存しないようにし合うのは、長い闘病生活において1番大切なことです。

患者の気持ちを移しすぎない

患者が落ち込んでいるとき、その気持ちを丸ごと自分に移してしまうと、家族も一緒に沈んでしまいます。
寄り添うことは大切ですが、絶対に同じ深さまで沈んではいけません


大切な家族が病気になれば苦しいのは当然ですが、自分の心を守ることも看病であり、患者の支えの一部です。

負担を悟らせない優しさ

患者は驚くほど繊細になり、敏感です。
私は母の疲れた顔を見ただけで「私のせいで苦しんでいる」と思ってしまいました。だから、負担をそのまま見せなくていいんです。


「今日は少し休むね」と自然に伝えるだけで十分です。患者に「自分が家族を壊している」と思わせないことは、大切な思いやりです。

家族こそ、しっかり眠って

支える人が倒れてしまったら、患者はもっと苦しくなります。だから絶対に自分の体と心を優先してください。
夜にしっかり眠ること、安心して頼れる人を持つこと、今の自分の生活を大切にすること。
それは、わがままではなく、支えるためのエネルギー補給です。

小さな希望を見つける

大きな希望だけじゃなくていい

最初は「完治」という大きな希望だけを追いがちですが、それだけに縛られると苦しくなります。がんの寛解まで先はとても長いです。
やがて「今日は痛みが少なかった」「好きなものが食べられた」

治療後は、数ヶ月おきの健診で、再発や転移がないことに安心する。

そんな小さなことに救われるようになります。

「一緒に笑えた」も立派な支え

私自身、義足になってから「今日は少し歩けた」「家族と笑えた」ことに深く感謝しました。
大きな奇跡ではなくても、日々の中の笑顔や安心が、患者にも家族にも力を与えてくれます。

「頑張って」や「大丈夫だよ」など、かけられたくない言葉があります。そんなことよりも、一時退院やリハビリの前進など、一歩でも進めた瞬間を一緒に喜び、笑い合いましょう。

最後に伝えたいこと

家族だからといって、完璧に支えようとしなくていい。
いつも前向きでいる必要もありません。

ただそばにいて、一緒に悩み、一緒に笑い、一緒に泣く。
そして、自分の生活も大事にする。

それだけで、十分に支えになっています。

私は義足になった今も、「ただそばにいること」の尊さを毎日感じています。
どうか、あなたも自分を犠牲にしすぎずに、大切な人と一緒に生きていってください。

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